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教員の行き過ぎた指導で追い詰められて自殺する「指導死」で子どもを亡くした母親三人が、自殺で家族を失った人に心を癒やしてもらう保養所を、鹿児島県の屋久島に開く。苦しい胸の内を打ち明けられなかったり、周囲の対応に傷ついたりして苦しむ遺族に休息する場を提供したいと考え、開設費用の寄付を募っている。(浅井弘美)
準備を進めるのは、二〇一一年六月に愛知県立刈谷工業高校で、野球部顧問による他の部員への体罰を見たことをきっかけに自殺した山田恭平さん=当時(16)=の母・優美子さん(49)=同県刈谷市=と、〇四年五月に埼玉県立高校三年だった井田将紀さん=当時(17)=を失った母・紀子さん(65)=相模原市、〇四年三月に長崎市立中学校二年だった安達雄大さん=当時(14)=を亡くした母・和美さん(57)=福岡県宗像市。いずれも指導死の遺族だ。
山田さんは、わが子を救えなかったことに自責の念を抱いてきた。恭平さんの兄や妹の前ではつらさを顔に出さないようにしてきたが、「誰にも会いたくない時や、一人になりたい時もあった」と明かす。
「自分と同じような人を支えたい」と考えた山田さんは、二年ほど前に保養所づくりを思い立った。同じ境遇であることから知り合った井田さんと安達さんに相談すると、二人ともすぐに賛同。今年六月、施設を運営する社団法人「カナリアハート」を設立した。
開設場所の屋久島は、山田さんの亡父が仕事で訪れていた場所で、豊かな自然の中で安らかな気持ちになってほしいと選んだ。保養所の名前は「休息の家」という意味の「レスパイトハウス」とした。
山田さんが現地に自費でカフェを建てて移り住み、保養所は敷地内に別棟として建設して建築費と運営費を寄付で賄う。利用者の宿泊費や食費は無料にし、将来は交通費も法人で負担する構想。寄付金の目標額は五百万円とし、十月からホームページ(HP)などで募り始めた。
山田さんは「島では知り合いに会う心配がなく、『家族から少し離れたい』と思った時に応えられるはず。つらさを回避する手段の選択肢を増やし、自死遺族を癒やせる社会に変えていきたい」と願う。運営が軌道に乗れば、自殺者の遺族だけでなく、殺人事件などの被害者や加害者の家族も受け入れたいとしている。問い合わせは山田さん=080(5125)0024=へ。HPは「カナリアハート」で検索。
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相次ぐ悲劇 今年も
子どもが「指導死」に追い込まれる悲劇は後を絶たない。教育評論家武田さち子さん(60)の調査では、指導死とみられる事案は一九八九年以降、未遂を含め七十八件に上る。
昨年三月には、福井県池田町で担任教諭らから叱責された中学二年の男子生徒=当時(14)=が飛び降り自殺。今年七月には岩手県の高校のバレーボール部で、顧問の教諭から厳しく指導された部員の男子生徒=当時(17)=が自殺、遺族が指導死だったと訴えている。
武田さんは「先生は多忙で余裕がない場合が少なくない。時間をかけて生徒と話し合うこともできず、簡単に強い圧力で反省を促す。非正規教員をどれだけ増やしても、正規教員を増やさなければ、先生にゆとりは生まれない」と話す。
「『指導死』親の会」代表の大貫隆志さん(61)=東京都=は、指導死がなくならない背景について「学校の中で懲罰的な指導が強化され、子どもの心の負担が大きくなっているのではないか」と指摘。山田さんらが建設を目指す保養所については「非常に素晴らしい。当事者ならではの細かな気配りが行き届いた施設になるのでは」と歓迎する。